
☆2002/10/21 vol.12☆
■ひさしぶりにプロレス論。
新日本プロレスが10/14に東京ドームで行った興行をテレビで見て
ちょこっと思うことを。
プロレスに興味がない方はまったく面白くないです(笑)
■つくづくプロレスは受身なんだなあ、と。
当日の興行の目玉は
蝶野vsジョアニーローラー(元WWE所属女子選手[チャイナ])
中西vsボブサップ
永田vs藤田
てな感じだったのだが、上二つはもうキワモノ的な試合。
良く言えばバラエティ。
いつものように、独善的な意見を述べると(笑)
チャイナはさておき、ボブサップは
ニシオ(中西学)のおかげで怪物になれたという感じ。
プロレスは、格闘技と違って(ここではあえてこう書く)
試合自体にさまざまな要素があるので
ぶっちゃけ、K-1のようにはいかないということですな。
受け手側の派手な受け方(いわゆるビッグバンプね)があるから
攻め手がよりすごく見える。
格闘技には、そもそも「受ける」という要素がないからね。
(藤田なんかは新日の道場で相当修練したはずなのに
永田戦ではきちんと受身を取っていなかったように見受けられた。
総合(格闘技)の方の比重が大きいとああなるのかな?)
ノゲイラにしてもホーストにしてもあの怪物相手に勝ちに行こうとしてたから
どうしても攻守がかみ合わない感じになってた。
そういう意味ではニシオだからあそこまで受けれたし
怪物的な持ち味を出せたということ。
うっかり若手なんか当てたら最初のパワーボムで終了して
お客さんブーイングだったね(笑)
サップの運動能力は驚異的だが、その能力を使える相手がいないと
けっきょく宝の持ち腐れということになる。
こういうとき本来なら、新日一のビッグバンプを持つミスターチョーノが
相手をすればよかったのだろうが、取締役様にはチャイナの相手という
やはりキワモノ退治が待ってたので今回はしょうがない。
それに体のほうが動かないのかもしれないし。
他につぶれない程度に頑丈で、受け方が派手な選手を選んだら
中西になったと。
一方のチャイナ戦ではチョーノが微妙なところで幕を引いてしまったんで
ストーリーはto be continueだが。
それでもすっかり筋肉の落ちたモデル女相手に
試合を成立させてしまうチョーノはすごいと思うよ。
どちらにせよこの2つの試合は、受身という部分を主眼に置くと
自分的には意味合いがわかる感じがするのだな。
実際、K−1効果も手伝って、サップで相当チケット動いたんで
どうしてもちゃんとした試合にしなきゃいけなかった新日の内部事情とか(笑)
ただサップは、相当クレバーな選手だという感じを覚えた。
怪物的な扱いをしなければもっと上を狙えるような気がしないでもないのだが。
ああいうキャラを作らないと、本人のストイックでまじめな部分が前面に出てしまって
つまんないのかな?
いちおうサップはアメリカではプロレスをやってたらしいけど
名前を聞かなかったところから見るとダークマッチ(いわゆる前座)専門
だったみたいだしな。
こう考えていくと、ボブサップがIWGPに挑戦するなら、
そのときのチャンプは永田ではありえないのかな。
そんなことしたらうっかりするとサップの商品価値を落としてしまいそうだし。
やはり10・27にミスターチョーノがチャンプになって
正月のドームでサップ戦ってのがいいんじゃないかな(笑)
(そうしてくれると永田vsミルコのリマッチで永田が負けても
いまさらだけど、IWGPには傷がつかないし(笑))
その間、サップは3戦消化。
怪物は12月のK-1で、派手な反則暴走で負け。
来年からはそのままプロレスに専念、という形になってくれるとうれしい(笑)
■でも。
このビッグバンプについては多分にアメリカンプロレスの影響が色濃い。
受身優先主義は王道プロレスを標榜してた全日のお家芸だったしな。
(今になって思うと昔の全日の中継で解説の馬場さんが
UWF系の選手の試合を見て「受身がぜんぜん出来てませんね」
と云ってたことがよくわかる)
新日にこれを主流になるように持ち込んだのは馳かな。
長州と馳の確執はこの辺にもあったのかもしれない。
武藤も蝶野もWCW時代にその辺のノウハウを身につけてるし。
こういうビッグバンプで見せていくプロレスはアリーナ向けなんだろうね。
インディーズの連中のように、技を受けて、
ダメージで動けなくなったからすごい試合なのか?ということ。
ものすごい技をこともなげに受けて、次に自分の見せ場を作っていくのが
プロレスラーなんじゃないかい?
WWEの選手は5メートル上から落ちても、バンプしてるよ?
プロレスラーは「ちからびと」なんだから、もっと訓練してもらわないと。
■でも本当は、もっと殺伐とした昔の新日本みたいなのがすきなのさ(笑)。
☆2002/9/11 vol.11☆
■当然であるが今回は[アメリカ対反米戦争開戦日]についてである
■一年前。
わたしはスタジオの帰りだった。
電車の中でi-modeの朝日新聞をチェックしていた。
「ニューヨークに飛行機が墜落」
当初「小型機が墜落」のようなニュアンスだったと記憶している。
ニューヨークに勤めている親戚や在住の友人が幾人か存在するわたしは
急ぎ家に帰りテレビをつける。
するとそこには、まるで「ダイハード」か「インデペンデンスデイ」と見まごうような映像が。
「そこ」は「新しいほう」のキングコングが登ったビルだった。
美しい青空だったのが印象的だった。
しかし。
それは映画などではなく。
落ちたのもけして「小型機」などではなく。
「何者」かの故意による旅客機の激突、
という現実の「歴史」だった。
その後、テレビでは一晩中「報道特別番組」がながれ、何度となく「その映像」は流され続けた。
犯人はテロリスト。
「オサマ・ビン・ラディン」という人間の犯行らしい。
けっきょくその日にわかった情報はその程度だった。
わたしの「2001/9/11〜12」はこんな感じで過ぎていったと、記憶している。
■しかしけっきょくこの一年間で一度たりともオサマからの正式な犯行声明は
出されていない。
実のところアメリカ帝国の方々にとって
誰がやったかなんて関係ないんだろう。
自国が「やられた」ことが重要なのだ。
夢にも思わなかったんだ。
世界中の正義を守っているアメリカ様に
刃を向けてくるような輩がいるなんてことを。
■この一年。
アメリカは「なんとなく」オサマを犯人にし、
「なんとなく」アフガニスタンを空爆し、
「なんとなく」いくつかの国を「世界の敵国」とリストアップし、
そしてまた「なんとなく」イラクを攻撃しようとしている。
なぜ…?。
確かに人は死んだし、死者に鞭打つつもりもない。
でも所詮、飛行機が3〜4機墜落して
ビルと政府機関の建物の一部が壊れた「だけ」だ。
なのになぜやつらは確実性のない「犯人」を探すために
一つの国を焼き尽くすかのように空爆を続けるのか。
それはやつら自身が[9/11]をテロではなく
反米国との「開戦」だと認識しているからに相違ない。
しかし表向きには「テロリズムに対しての報復」だというプロパガンダ。
「戦争」ならアフガンに組する国も出てくるからあくまで
「犯人探し」でなければならない。
もちろん、この時期の[9/11]キャンペーンも
世界に向けた大きなアメリカのプロパガンダなのだ。
ヒューマニズムに訴え、よくわからない文化を持つ国に対して
「世界」が「共存」を考えないようにするための。
かつて「移民」と称してネイティブの土地を奪った鬼畜の末裔。
奴らのやりくちは常に同じだ。
アメリカに喧嘩を売ろうとする莫迦な国が、本当はあるわけがない。
しかし彼らはそうせざるを得ない状況に追い込まれているのだ。
やつらに。
かつての日本やネイティブがそうだったように。
■今回の大統領である小ブッシュも
けっきょく支持率と軍需産業への予算の横流しというメインディッシュを
まんまと手に入れることが出来たようだ。
もちろん支持率に関しては、今後行うであろうイラク空爆で
どういう結果が出るのかはわからないが軍事予算に関しては
まだ予定額に届いていないのであろう。
その額が消化されるまで、難癖をつけてでもどこかしらへの空爆は続けられるはずだ。
■彼の戦争で、いくつもの都市を焼き尽くされ、核兵器を実際に使用された
日本は、そのことに気付くべきだ。
けして彼らはジャスティス(正義)をアイデンティティに持っているのではなく
強力なナショナリズムをその活動原理にしているのだということを。
オサマを[イスラム原理主義者]だと誹謗するなら
小ブッシュは[世界アメリカ帝国化原理主義者]ではないか。
もちろんアメリカはまだ日本には必要だし
わが国は、この危険極まりないアジアで自立できるほど、爛熟された国家ではない。
だが、知ることは大事だ。
やつらが何を考えているのか。
そして、ギリギリのところで踏みとどまれる勇気をもつことも。
正義などという抽象概念ではなく、今こそ絶対的な国益を求めて。
■わたしは[9/11]で亡くなった方々や、その後の復興に関して尽力を注いでいる方々を
愚弄するつもりはない。
ヒューマニズムももちろん持ち合わせている。
だがそれでも、事実と真実をきちんと見極めたいとも考えている。
■「グランド・ゼロ」の名前は、もともと「ヒロシマ」に冠せられたものだったのだから。
☆2002/8/15 vol.10☆
■めちゃくちゃひさしぶりの更新となった今回であるが
ネタはおおかたの想像通り「8月15日」である。
だもんで、サヨクの方々はできれば読まないでください(笑)
■さて、8月15日は「終戦記念日」と通称されているが
それは便宜上で、実のところ日本の敗戦が決まった日に過ぎない。
この後長きに渡って(約7年間)戦勝国との「戦闘のない戦争」が行われたわけだ。
真の意味での「終戦」ではない。
もちろん東京裁判などもそういった「戦闘のない戦争」の一つだ。
別にここでその辺の事情をいちいち論っていくつもりはないが
われわれが一般的にプロパガンダされている「歴史認識としての第2次世界大戦」は
そろそろオーバーライトが行われてもいいのではないかという気持ちだ。
日本が戦争を始めた理由についても、8月15日以降についても語られていない事実は
まだまだあるようだからだ。
なんどもこのページや日記などで書いているが自分は
日本という国が大好きである。
この国の伝統や歴史、民族観などすべてを愛しているといって過言ではない(笑)
にもかかわらず、第2次世界大戦後に日本政府が行っている
「外交」というものはどうにもそういった日本に対する誇りを蔑ろにするようなものばかり
と見えてしょうがないのである。
基本的に自分のスタンスは「反アメ帝」(笑)であるし
「第2次世界大戦を持ち出して内政干渉を行おうとする」あらゆる他国に対して「反」の
立場である。
それは自分を育ててくれた親や祖父母たちのためのものでもあり、
日本という国のために戦ったすべての方々のためのものである。
それは、とうぶんのあいだ変わることはないだろう。
■さてこの時期になるとサヨクが騒ぎ出すのが「靖国参拝問題」。
靖国神社の何が悪いのか。
なぜ他に慰霊所を作らなければいけないのか。
戦犯などあくまで戦勝国が決めた判決に過ぎないし、
東京裁判自体を簡単に受け入れるべきではないと思うんだが。
彼らは日本のために戦い日本のために死んでいった同胞だろうに
その方々を思い出し手を合わせることが、そんなに悪いことなのだろうか。
別に彼らの恨みを代弁して再び戦争を始めようという、奇特な日本人はたぶんいないぞ?
あそこに参拝する人間は基本的に「戦争反対」のスタンスでしょ。
にもかかわらず
「靖国神社には軍国主義のイメージが色濃く残っている」と
ニュースの街角インタビューで、
バカなやつが語ってたが、何処にそんなものが残っているというのだろう?
ナショナリズムと戦争を安易に結び付けているのは、そういう人間たちなのだ。
サヨクのプロパガンダに洗脳されている人間は、
靖国神社=軍国主義という図式で自己完結をしているわけだ。
それはそれで簡単でいいとは思うがな(笑)
そんなに自虐史観が気に入ってるのかなあ。
それに「政教分離」などと簡単にいってくれるが、
彼らがご機嫌を伺うアメリカは、バリバリの宗教国家なのである。
アメリカの裁判所で聖書に手を当てて真偽を誓う行為は、充分に宗教的行為である。
アーリントンがキリスト教と関わりないと本気で考えているのだろうか(笑)
それに、首相が靖国神社に参拝して手を合わせたところで
英霊のお告げを訊いて、政策を立てるわけではあるまいに(笑)。
いっそそうだったら、もっと面白いのに(笑)
■韓国や中国が日本に対して「謝罪しろ」だの「教科書がどうの」だのいうのは
あくまでも自国内へのポーズにすぎないのにな。
もちろんアメリカの空爆もだ。
彼らはそうして自国民のナショナリズムを高揚させているのだ。
そうしなければ寄せ集めの民族を抱く中国やアメリカは、ナショナリズムを維持できないから
外に敵を作り続けているに過ぎないんだから。
そして韓国は中国やアメリカの方法論を真似ているのにすぎない。
なんで日本人はそれを鵜呑みにして
「周辺諸国の気持ちを考えろ」とかいってしまうんだろうか。
考えたところで、また他の事で難癖つけてくるのにな。
そうしなければ自国を維持できないんだからしょうがないけど、
それよりもっと、日本の主権というものを見直した方がよいのではないかいな。
どうも日本という国がなくなってしまいそうな気がする夏の日でありました。
☆2002/6/17 vol.9.5☆
■嗚呼これではWeeklyではなくmonthlyだにゃ。
そんなわけで、最近、なんとなく自分の周りのネット環境が荒れてきたので
気になることを書くかね。
どこが荒れてるかなんてえのは
意味にないことなんでもちろん割愛(笑)
知ってる人は知ってるし
知らない人がここを読んでわざわざ確認しに行くのは本意ではない。
■でね。やっぱ気になるのは…。
ネットの匿名性。
またこれが厄介なんだ。
だって、それが本当は利点でもあったりするわけじゃない?
「テレビのちから」なんかと同じで
メディアとして広っていっている理由は、ある意味パワーがあるからだけど
それに匿名性が拍車をかけて
誰もが参入しやすい環境を作っているというのも一面にはあるような気がする。
で。
やっぱり同じようにそこに暴力性も生まれるわけだ。
「力」があるってことは、どんなものでもきっとそういうことになるんだろう。
たとえば掲示板とかで、なんだか叩かれている人とかを見つけると
あ〜あ…って感じを覚える。
いじめの構図を俯瞰で見ているようなもんだ。
それでも、書いている側が相手を「傷つけよう」と意識している場合はまだまし。
無意識で匿名性の発言が人を傷つけてしまったら、もっと性質が悪いことになる。
人を傷つけるんなら自分のこぶしの痛み(リスク)を自覚しなきゃ。
でもネットの匿名性はその辺がどうしようもなく、フォローできないからな。
他のメディアはどんな匿名記事であっても局なり出版社が責任を持つわけだから
解決していく方法はいくらでもあると思うが。
そういう意味では掲示板なんてけっきょく、暗闇でやってる井戸端会議見たいなもんで
発言者の特定はどこまでいっても予測でしかないから。
でも「誰が言ってるのかわからないんだから、
何言ってもいい」ってのはもう、愚の骨頂でしょう。
誰かになりすまして発言をするっていうのも然り。
いけしゃあしゃあと自分じゃないって顔してて、面白いのかね。
まあ自分の発言で、ある特定のコミューンが右往左往するのを俯瞰で眺めてると
面白いんだろうね。
その意識はわからなくもない。
ある種のダイナミズムを感じるんだろうし、
そういうことが病みつきになってしまう人がいることを敢えて否定することもない。
逆に、匿名発言には何の価値もないんだということを自覚して、
その上でそういった発言者にも自由を与えるのなら、まあ大人だな(笑)
でも敢えて言うなら自作自演で嵐を起こしても、
現実のダイナミズムにはけっきょく追いつかないんだからさ。
そのうえで現実世界でも制御しようとするとけっきょく破綻するだけだし。
そうなったら、なんてくだらないことなんだろうと思うよ?
だったら自分のキャラクターにあった発言を首尾一貫続けて
その上で叩かれる方がまだ現実とリンクするだろうに。
そういう「男前」さ加減は大好きだしな。
もちろん今回の一文は特定の誰かに向けての発言ではないし
だれかのプライドを傷つけるつもりもない。
わざわざ書くと裏を読む人もいるのだろうが、
少なくとも「公」的にはそういう相手を批准しているわけじゃないよ。
ただ、ネットの世界は面白いし、その世界で起こっている出来事が
面白い方向に動いていくなら、こんなに興味深いことはないしな。
できれば現実世界なみのダイナミズムで
物事が動いていくところを見てみたいよ。
■しかし、参入1年半で自分的にはすっかりネットの住人なんだが
こんな言わずもがなの発言をしちゃうところに
まだ蒼さがのこっとるということかね(笑)
まだネット内の価値観が染み付いてないんだろう。(6/16)
■ちょい追記。
掲示板で匿名性の発言をする輩(敢えてこういう)に少し共通項が見えた
彼らは自分が「何者」かであることが重要なんだろうということ。
それ(発言ね)はもちろん事実であることもあるだろうけど、
そうでないこともあるだろう。
ただ、その発言を行うことで「何か」を知っている「何者か」になれる可能性が
ネットの世界ではあるということだ。
いわゆるバーチャルですな。
でもそんな輩は何者にもなれんよ。
自分が一番わかってるだろうに。
■なあんだ。
掲示板荒らしを行う輩って「ネカマ」と同じかぁ。
わかってしまえばそんなものだ。
あ。
でもこれは、性的マイノリティの方々を馬鹿にした発言じゃありません。
ただ興味本位で行う性別詐称の輩をさしております、念のため。。
☆2002/5/28 vol.8☆
■ずいぶん間が空いてしまいました。すいませんm(__)m
しかし今回はあんまり毒がないと思われるんで、期待しないように(笑)
■さて。何について書こうかな。
そうだ。
何度も書いているように
わたしは毎月、イベントを創っているわけですが、
そのたびに色々考えさせられることがあるわけですよ。
もちろんアイドルイベントなんで、歌い手が制作の一部を担うわけです。
うん。
「制作」。
この言葉にこそ、実は自分の一番のこだわりが込められていたりもするわけでね。
昔、「製作」と「制作」を辞書で調べたことがありまして。
そこで「制作」という言葉が、[定めて物を作ること]という意味なのだと
初めて知ったわけです。
まあ、そのことではっきりと制作(=プロデュース)というものについても
定義付けをするようになり、自分のことを[プロデューサー]だと決めたわけですよ(笑)。
よく混同されるものに[ディレクター]という職業がありますよね。
日本語では「演出家」といいます。
実は僕はこの「演出」というのが苦手で(^^ゞ
高校生から大学生までの9年(笑)で7本ほどお芝居の脚本を書いたのですが
演出は最初の一本で才能のなさを悟り、あとは人任せだったほどです。
もちろんこの二つの職種は、完全な棲み分けが出来るわけでもないので
微妙に重なっていたりするわけなんですがね。
そういう苦手意識も自分自身の定義づけに一役買っているのかもしれない(笑)
ちなみに。
最近、音楽業界などで話題になってる[プロデューサー]という冠は
そのほとんどが[ミュージカルプロデューサー]のことで、あの冠の向こうに
本当の制作担当者がいるように思われます。
■一言でいえばプロデューサーの仕事は、金集めと人集めに尽きます(笑)
経費の算段をつけて、いい演出とパフォーマンスをしてくれる人間を集める、
というものです。
自分が「定めた」完成形に近づけるために。
もちろんイベントでもやることは同じですな。
ただ、こういうものがルーティンワーク化してくると、何となく麻痺してくるわけです。
完成形が見えなくなってくる。
これはもちろんたいへんよろしくない状況です。
僕にとっても、出演者にとっても。
そして何よりわざわざ足を運んでくださっているお客さんにとっても。
そうならないためには、できるだけ新鮮な風を常に迎え入れるのが
大事なんだとかんがえています。
(迎え入れられることもあれば、そうでないことももちろんありますがね)
そのあたりが毎月のさじ加減になってくるわけですな。
少なくとも自分がキャスティングをしたイベントに関しては
どういうカタチで終わろうとも、それは自分の制作イベントなわけです。
いろんな意味で責任を負ってるし。
もちろんそのあたりも含めてが面白さでもあるわけです。
■時間制限があるからこそ完成するものもある。
ある作家が教えてくれたありがたいお言葉です(笑)
職業としてのものづくりは常に時間との戦いですが、
乗り越えたところにある喜びこそが、次への活力となるわけです。
いや、喜べないこともあるがな(笑)
☆2002/5/28 vol.7.5☆
■毎日テレビをにぎわしているのは
中国の日本領事館の「あの」事件
何となくやらせっぽいかんじがみえみえで、どうにも胡散臭いんですが。
ここ2、3日の両国(もちろん日本と中国)のやり取りを見てて
「…あ〜あ…」
てな感じを受けております。
日本は「中国に抗議した」と言い、中国は「許可をもらった」という。
言った言わないの問題になってるわけですな(笑)。
おかげでまた支持率が下がっちゃったりして
もう日本引くに引けない感じになってます。
なんだかもうこじれまくってて、どこに落としどころを設定してよいのやら
誰も正解が出せずにいるわけです。
でも。
あれって、あの領事館員が正義に燃えた男だったとして(笑)
あの亡命者を受け入れたかな?
日本はいま朝鮮の亡命者なんか保護するわけないじゃないの?
「拉致問題」と「不審船」でこじれてるんだから、
さらにめんどくさいことになるのがわかってて受け入れないよ。
乱暴な意見だけどな。
中国の武装警察が敷地に侵入してきたのだって
ああしなけりゃ日本は受け入れざるを得なかったわけだし。
あくまでも日本政府はいま親中国の姿勢は崩したくないはずだからな。
なんのことはない、
あのNGOがとったビデオのせいでどっちも引けなくなってんじゃないの。
だってあの朝鮮人、アメリカは受け入れないってんでしょう?
そりゃそうだよな。
スパイかもしれないんだし。
韓国が受け入れても、終日監視が付くよなきっと。
中国だって国際世論がこんなに動かなければ
朝鮮に送り返してたところだろうし。
けっきょくこの事件は、
日本が受け入れないっていう前提で仕組まれたんだろう。
あの朝鮮人たちが悲劇の主人公になることによって、
得する人間がいるってことだ。
うむ。茶番ですな。
でも外務大臣が眞紀子だったらどういってたろうなあ…。
「中国様のおっしゃるとおりでした。だからあの領事館員は更迭します!!」(笑)
■アメリカの領事館(中国にはあるのか?)なら撃たれてたかもね、彼ら。
日本は舐められてて利用されたってだけの事件ですな。
※追記分
■けっきょく亡命者たちは韓国に渡っちゃった。
ぜんぶ中共の輩がやったんだがな(笑)
日本は株だけ下げて終了。まったくばかばかしいったらありゃせんな。
これだけ衆人監視の中じゃ、いかに中共でも無茶は出来んか(笑)
わたしはあの亡命者たちの人権云々などという気は一切ない。
できれば、「北」に送り返されて欲しかったぐらいだ。
ひとんちの金を当てにして亡命なんかすんじゃねーよ。
おかげで痛くもない腹さぐられて、いい迷惑ってもんだ。
以上この項終了。
☆2002/4/28 vol.6(5/8追記)
■「優香とさまぁ〜ずの怪しいホール貸しちゃうのかよ!(仮)」
という深夜番組がある。
なにやら怪しいイベントにホールを貸すという番組。
さまぁ〜ずのどちらかが警備員としてそこに同席。
そのVTRを受けて、優香とさまぁ〜ずがトークをする。
まあ、ホリプロ丸抱えのこんな番組なんですけど(笑)。
それでですね。
先週放送分は「地下アイドルのイベント」にホールを貸してました。
う〜ん…「地下アイドル」っていうのは定義しづらいんですが
イベントの中身は自分がやっているものと同類です。
で。
電話がかかってきました。
「寺山さんがやってるアイドルイベントってあれ?」
「いっしょにしたら、あそこの事務所に悪いから同じとはいえないけど、まあ近いよ」
「そっかぁ〜…。そうなんだぁ〜…」
会話終了(笑)
電話の相手は因みに女性。
古くからの友人だが、僕が主催するイベントには、「バンドもの」しか来たことがない。
好奇心は旺盛なので
また機会があればa-idoll にも足を運んでくれるかもしれない。
でも、確かに彼女の反応は一般的な「普通」のものだろう。
僕はもちろんああいうイベントを作る側なので
観点は明らかに違うが、普通の人は「怪しいイベント」として捉えるのだろう。
そこには「ずれ」はあっても「間違い」はない。
「怪しく」見えたのは彼女の感性だ。
でも、どうなんだろう?
イベントやライブなどというものは、しょせん参加する人間のためのもの。
本来、「主催者の主観」・「お客の主観」・「演者の主観」があるだけだ。
だがテレビカメラがそこに入ると、「テレビの客観」が存在することになり
どうもそこにずれが生じる感じがする。
今回は、そのずれが面白い方向に運んだような感じでもあるんだが。
■難しいな。
これはちょっとずつ書き足していくことにしよう。
「テレビのちから」については、すぐには書けない。
■さて「テレビのちから」についてちょっと書き足しておこうと思う。
例えば、上記に記してある番組の場合、
番組がキープしているホールを、借りてくれるユーザーが いることが
番組存続のキーポイントになるのはいうまでもない。
もちろん番組制作のスタッフの中には
リサーチというポジションがあって
彼らは四方八方駆けずり回って借り手を捜したりもするのだが
それにしても、番組の内容がイベント自体を揶揄するようなものの場合
この企画に参加する意味がなくなってしまうわけだ。
ただでさえ冠に「怪しいホール」と名づけられているのだから
MCがそれをことさら強調するような発言をしてしまったら
視聴者はよりいっそう、その感じを強くしてしまう。
ディレクターや作家は苦心してMCのVTR受けのコメントを考え出し
「番組自体は個々のイベントについてはニュートラルですよ」
という立場を示そうとしている。
ある意味「テレビのちから」というのは、受動である視聴者(世論)に、
自分たちの考えている方向の情報を与えることが出来る、という一点に
集中しているわけだ。
例えば。
高い金利を吹っかける金融屋たちが、大量の広告費でテレビの「口」を買い取り
イメージ広告を流し、自社の悪口を言わせないようにさせたりしてる。
(おかげで、大手広告主である彼らの悪徳ぶりは絶対といっていいほど
ニュースなどの報道系で取り上げられない。
彼らが手を引いたら、第2ゴールデン以降の時間帯の番組など作れなくなるからだ。
始末が悪いのは、各番組のスポンサーではなく、テレビ局自体のスポンサーなところだ)
けっしてテレビは公共のものではないのである。
■「風俗店の従業員面接」
「女の子の撮影会」
「ソープランドの実技指導」
「地下アイドルイベント」
「AVスカウトマン講座」
上記の番組では、これだけのイベントを行ってきたわけであるが
どれも、テレビの企画とはバッティングしない。
つまり、番組のプロデューサーなりディレクターは、
そういう方向性でイベントを誘致させているのだろう。
面白い画面ではなく、安全な画面。
局的にもスポンサー的にも(笑)。
ちなみに「地下アイドルイベント」の一コーナーが準レギュラー化するらしい。
この辺は今後、「使える画」が少なかった時の保険だろう。
「地下アイドル」が一番安全なイベントだと判断されたわけである。
この辺までくると、少し痛みを覚えるな。
☆2002/4/16 vol.5
■そういえば。
わたくし漫画が大好きなんですが…。
読み方を習った覚えがない(笑)。
そのことをふと考えて
「これって、みんなそうなのかな?」
という話を人にしたら、そいつも悩んでいた。
不思議なものである。
日本の漫画には(もちろん外国の漫画にも)、ある程度の前提と法則があり
それにしたがって読み進めていくものである。
まあ右上から左下にかけて、とか、
「吹き出し」とか「書き文字」とか、もろもろですな。
しかしあらためて考えると
画面の中の情報を同時に、あるいは時系列に取捨していくのは
実は以外に難しいことなのではなかろうか?
小説は一文字一文字読み進めていくものなので
時間はそのまま流れていく。
しかし漫画は同時に起こっているいくつかの情報を
同じ画面に入れていることも多い。
だがそれだけではなく、時間に差がある情報が
同じ画面に入っていることもまたある。
もちろん漫画を読みなれている人は
感覚的に取捨している情報なので気にはならないが。
はたして自分に子供が出来た場合、どうやってそれを教えるのだろう?(笑)
写真や映像と違って極端に記号化されているものも多いから
そこからなのか?(^^ゞ
「その絵が何を表しているか」なんて、いちいち頭で考えないよなあ…。
でも想像力も働いているような気がするし。
■生まれたときから耳の聞こえない人は
漫画の「しーん」という静けさをあらわす書き文字や、
降雨の音である「しとしと」を『そういう「音」なんだ』と思ってしまうことが、
多々あるらしい。
漫画の擬音表現には幅があり、イメージも文字化するということを
理解できないとそうなってしまうのだ。
記号を頭の中で映像化し音声を想像するのは直接映像を受けることに比べ
一段階余分なプロセスを踏んでいる。
やはり漫画の読解力は後天的なものなのだ。
不思議なものである。
これには、日本は島国であって比較的統一された言語(配慮(笑))で生活している、
という準単一民族的(配慮)なところも起因しているのかもしれない。
民族の差異が少ない(配慮)ために共同幻想を持ちやすい、ということなのかもしれない。
まあ日本の漫画は
日本人にしかわからないメンタリティで描かれていることは確かなようだ。
■トキワ荘系の漫画家さんがどこかのインタビューでこんなことを云っていた。
「みんな本当は映画みたいなものを作りたかったんじゃないかな?
でも、誰もが貧乏でそれが出来なかったから、紙とペンだけで漫画を書いたんだよ。
漫画でそれが出来る事を手塚先生が教えてくれていたしね」
これは多分にコンプレックスの裏返し的な意見である。
「じゃあ漫画家がメガホンを取ったらいい映画が作れるのか?」
というのは愚問で、ある意味日本には、娯楽メディアとして
漫画をエンターテインメント化させるしか道は無かったのである。
それは国民性の問題であって「貧乏だったから」というのはあくまで結果論だ。
けっきょくそこからスタートした「漫画」は、
今ではもう独自のメディアとして進化を遂げている。
多分売れている作品の購読者は、売れている映画の観覧者とも
比べ物にはならない多さだろう。
単純な比較はもちろん無意味だが、
それこそが日本人のメンタリティなのだと思うわけだ。
アメリカにはハリウッドがあるが、日本にはトキワ荘があった(笑)。
そしてウォルト・ディズニーではなく手塚治虫がいたのだ。
この逆はあり得なかったということである。
「漫画がなければ(多分)生活できない」という私のような者も、
ある意味独自性なんだろうな(笑)
いや、日本人でよかったんですけどね(笑)。
☆2002/4/10 vol.4
■これは、まったくの私見である。
わたしは別に政治のなんたるかを知っているわけではない。
敢えて書くのは
ほとんどの人が反対意見だろうからだ(笑)
■今日テレビに森前総理が出ていた。
話を聞いて思ったこと。
「このおっさんにもう少し自由にやらせて時間与えてたら
違った日本になってたかもしれんな」
うん。
小泉さんに代わるのはもっと後でよかったんじゃないか?
もしかして我々は自分で自分の首を絞めてるんじゃないか?
橋本はまああれがタイミングだったろう。
小渕は…うん、運命ってのは皮肉なもんだよ。
でも、森はもう少しやらせるべきだった。
みんなでよってたかって瑣末なことの揚げ足を取った挙句
引きずりおろすべきではなかった。
野党の馬鹿が云ってた。
「現内閣は森前総理の傀儡政権だ」
そりゃそうでしょ。
だって小泉のタイミングが早すぎて
彼がやらなくてもいいことまでやらされてるんだから。
わかんないことがあったら、
やるべきだった人に聞いてやらなきゃしょうがないもん。
改革は必要。これは絶対。
でも、いま小泉がやめたらつぎ誰がやるの?
いないじゃないの。
そういう意味でも、森にぎりぎりまでやることやらせて
それから小泉に代えるべきだったのではないかいな。
そしたらもしかしたら真紀子に総理の可能性もあったかもよ(笑)
まあ、冗談でもそれは絶対嫌だが(笑)
中途半端な正義感をみんなが持っちゃって
政治とは関係ないことで大事なキャストを降ろしちゃった感じ。
なんか進むべきストーリーと違う分岐に入っちゃって
第2部の主役が1部のストーリーまで請け負うことになったんじゃないかな。
まあ、いまさらなんだけどね。
もう森は表舞台には戻れないしな。
でも本当につぎはいないんだよ?
これってけっこう崖っぷちなんじゃないの?
日本こけるぞ…、このままだと。
☆2002/4/4 vol.3.5☆
■中東のほうではえらいこと緊迫した空気が漂っていますな。
意外に大戦争に突入しないのは、
アメ帝が睨みをきかせているからに他ならないのだが
もともとパレスチナ問題とは以下のようなことらしい。
■ある共同体があった。そこへ
「先祖がここで国を形成していたから土地を買いたい」
という人たちが現れ、それに対して土地を売る共同体の成員もいたが、
もちろん土地を売らない人も多かった。
すると、土地を買いたいと言っていた連中が野盗集団に変身し、
暴力で土地を奪うようになったわけだ。
連中は
「よそではとんでもない迫害にあったし、もともと神が我々に約束した土地なのだから」
という理屈を付けて、国家創設まで宣言したのである。
それに対抗して、古くからその場所にすんでいた共同体が戦争を仕掛けたら、
連中には強力な後ろ盾もあったため負けてしまい、土地をさらに奪われていった。
連中は事後、その共同体にもいちおう「自治区」という名目での領域を認めているが、
よその国にいる仲間を奪い取った土地に呼び寄せ、
交渉の合意を得るために、素知らぬ顔で武力を行使して、
その土地のなかにどんどん“入植地”を築き占領地を増やしている。
このような歴史的経緯と現実に対して、「生存権」を賭けた戦いを仕掛けると、
連中や連中の後ろ盾になっている人たちはテロリストだと言って糾弾し、
連中は、重武装の正規軍を追加派遣して殺戮と破壊を繰り返すのだ。
■もちろんこれはPLO側からみた理屈であるが
ここで考えてしまうのは「テロ」という行為である。
例えば自爆テロは「テロ」だとアメリカが定義づけているから「テロ」なのだが
あれが宣戦が布告されていれば国の戦術になる。
わたしは自爆テロという戦術に出なければどうしようもない
PLO(直接責任の所在はないにせよ)には、ある程度の理解を示してしまうけどね。
だって今回のイスラエルの報復に関しても、 やってることは明らかな戦争行為である。
それってどうなのよ?
あきらかに一方的なやり口にしか見えないんだよなあ。
「自爆」という行為はそれほど高等な戦術とは思えないが
自国を持たない共同体にとっては精一杯のやりかただと思うぞ。
同じようなことはベトナム戦争でも起こっていたわけだし
あの時だって所詮、内戦だった訳でしょ?
中東は常に戦時だと考えれば、「テロに対する報復」という言葉で定義づけて
イスラエルの行為を正当化するのはどうかと思う。
これでアラファトが出て行って、自治区の力が減ってくれば
イスラエルは単独国家になるわけでしょ。
「けっきょくイスラエルはPLOが邪魔なのね」
ということなんじゃん。
こう考えると
最初の「自爆」も本当に解放戦線がやったのかな?
あのおかげでイスラエルは国際世論(というか、小ブッシュの意見か(笑))を
盾に爆撃できるようになったんだしなあ…。
未だに「9/11はアメリカの自作だ」って人たちもいるしね。
それにしてもアフガニスタンのアメリカ侵攻(敢えてこう書きます)には
自衛隊が手伝いに行ってるんだから、パレスチナにアメリカが介入したら
人事ではなくなるんじゃないのか。
そういう意味でも、問題の根源に関する理解は絶対に必要だと思うぞ。
「自爆」が問題なのではなくって
「何故それを行うのか」が問題なんだから。
■なぜわざわざこんなこと書いてるのかというと
とある場所に「自爆云々」について書いてあるですが
なんかぬるいんだ、これが。
そこの筆者は自殺願望と、「自爆」という戦術をいっしょにしてるし
戦争状態の中での死について、認識があまりにも貧弱で。
何かぬるいっていうんですか(笑)?
もちろんどんなカタチであれ
自ら命を絶つことを肯定すべきではないかもしれないが
逃避としての自殺と、誇りをかけた自爆を
混同すべきではないと思うのだ。
■もちろん私は戦争経験はない。
上記はすべて思考の中に存在する思想である
でも徴兵制度が日本に導入されるようなことがあれば
素直に行くつもりだし(まあ残念ながら年齢的には呼んでもらえないかもしれんが)。
自国についての誇りもずいぶんあるしな。
「戦争は無いほうがよい」
もちろんこれは紛れも無い真実。
私もそう思っている。
ただ、戦争は暴力と完全なイコールではなく
外交手段の一つなのだという事実を認識すべきである。
そして、「テロ」と「戦争」の違いも同様に。
もう日本だけが、
この国際社会の中において蚊帳の外にいるわけには行かないのだから。
■しかしこりゃ毒だらけだな(笑)
☆2002/3/31 vol.2.5☆
■けっこうカウンターが回ってるので飽きられないうちに新しいのを書きましょうかね。
日記を見てくださってる方々にはおわかりかと思いますが
わたくし大のプロレスファンです。
でもまあ観戦にはほとんどいかないタイプのファンですが。
いちばん最初のプロレスの記憶はというと…、
たぶん新日本より前のものがあるのですが
語れるのはもちろん金曜八時以降です。
タイガーマスクに夢中になっていた頃はわたくし中学生でした。
そしてそれから20年…。
いまのわたくしは正直言ってプロレスには勝敗を求めておりません。
真剣勝負か八百長かなどという次元ではなく
自分が感動できるか否かという尺度で、テレビ観戦を続けているわけです。
例えば最近ハマってる「WWF」ですが
意外に登場人物のルックスや人種を考えながら「観戦」すると面白かったりします。
なぜクリスジェリコがしばらくチャンピオンだったのか?
なぜロックはあれだけの人気を誇りながらチャンピオンではないのか?
リックフレアーとビンスマクマホンの対立の図式の本質はなんなのか?
トリプルHがヒールからベビーフェイスに転身できたわけは?
などなど…。キーワードの一つは「金髪碧眼」。
たとえばリックフレアーという登場人物。
彼は金髪で碧眼ですが、これは自前のものではありません。
ある時期に業界のトップに行きたいがためにそうしたのです。
アメリカには白人のカタチに関して相当な偏見が根強くあるんですな。
白人至上主義っていうんですか?
南部なんかはその差別感が未だに強いようです。
白人優先な上に「金髪がいちばん!」みたいな。
マリリンモンローだって栗色の髪の毛を金髪にしてましたよね。
そういった事情をちょっとかんがみたりすると面白いんですな。
どこの会場なら誰が一番「呼べる」のかっていうのは
ケーブルテレビが大きい(収入の)ウェイトを持ってる今の形態でも
相当大きい問題だろうと思います。
今回WWFは大所帯を理由に興行のチームを2つに分けたんですが
「そこにもこの辺の事情がいっぱい詰まってるんだなあ」と思えたり。
もちろん「スーパースター」の乱立で
大きな大会のドリームマッチの価値観が失われかけてる
というのも「事情」なんでしょうがね。
2チームでロードして年に1,2回の大きな大会で交流するという感じか。
けっきょくWCWという団体をWWFが買収して
クオリティの高いレスラーばっかりを集めたのはいいが
「ごちゃまぜ感」が強くなりすぎたんでしょうな。
メンバー分けは微妙ですが。
■こう考えると人種間の争いが表面化しない日本では
こういうカタチは難しいんだなあ…。
日本にWWFが来た時にも向こうのムーブ(やり方)を真似てるだけだし。
外人対日本人っていう構図もこれだけ長いこと「戦後」が続くと難しい。
かといってアジア内での人種抗争は痛々しいもんな。
(最近でこそないが
昔のアメリカでは「敵国ベトナム」のキャラクターレスラー、けっこういたぞ)
けっきょく日本のプロレスが格闘技色が強くなっていくのは
強さを基準にしないと物語が見えないからなんですな。
勝ち負けだけではないのが「プロレス」なのに
勝ち負けを基準にしないと「やばい」というところに、今の日本のプロレスの閉塞感が
あるんだと思う。
この話はもちろんプロレス界のことだけど、世論に関してもそうだよね。
ああでも、扱いづらい話題が多すぎて。ここにすら書けない(T_T)
けっきょくいちばん日本のプロレスが輝いていた頃って
長州力の体制への反逆だったりしたんだから
今みたいなさわやかなプロレスはさっさとやめて
どろどろした物語路線に戻って欲しいなあ。
☆2002/3/26 vol.1☆
■唐突に始めた新コーナー(笑)。
基本的に書きたがり云いたがりの私めは、日記だとどうも云いたいことが書ききれないと
常々考えておりました(^^ゞ
「そうはいっても、基本的に云いたいことの大半は[毒]だったりするし、
日記のページだと、[くいん]の顔見たさに訪れてくださる方がけっこういらっしゃるし
あんまり人目につくのもなぁ…」
などなどいろんなことを考えまして。
結論としては、別ページを立ち上げ「興味のない方は来ない」
という前提で、つらつらと書き連ねる事にした次第であります。
では、まあ、適当に(笑)
■寺山のお仕事
さて。
私の日記を見にこられる方が、会った時にこんな質問をされるんですね。
「寺山さんの本業って何ですか?」
…う〜ん…困った。
いちおう、一般の方にお答えする時には「音響屋」って事にしてますがね。
でもそれは見入りが一番多いのと、説明がし易いからであって、
「本業」って云うのとはちょっと違うかもしんない。
たとえば別のところでは
「朝倉榛香さんのマネージャーさんですよね?」
なんて質問も来る。
これもちょっと違う(^^ゞ
もちろん彼女のマネージメントをしているのは私なのだから
「マネージャー」というポジショニングは当たってるのかもしれない。
でもなあ…。
さらにあんまり渡すことのない名刺には、
実は「プロデューサー」という肩書きが書いてあるのだが
ここまでくると、もう「何でも屋」の風情が漂っており、怪しさ満点である(笑)
あとは文章を書いたり、曲を作ったり…。
あははは…、「何でも屋」でいいです(T_T)。
もともと関西にいた頃には音楽屋、つまりミュージシャンを目指しておりました。
でもまあ呼ばれてお金もらってドラムを叩くということも
別に普通に(いや、たまに(笑))させていただいておりましたんで、
「それだけで飯を食う」ことを「目指し」ていたわけですな。
そんでもって地震(関西大震災ね)があって、THE-NEWSの社長と知り合って
東京に出て来て、食い扶持を稼ぐために放送作家業界(笑)の端っこにもぐりこみ
しばらくしてから三鷹でスタジオを始め、スタジオが閉店して今に至るわけです(笑)
いろんなことをやってきたから、いろんなことの仕組みを知っているわけで、
(まあイコール「何でもできる」というのとはちょっと違いますが)
結果的に「何でも屋」になってしまったというのが実情ですかね。
■プレアイドルって何?
なんてこともよく聞かれます。
色んな言い方がありますわな
「インディーズアイドル」
「地下アイドル」
なんてのも活字にはなっております。
字面のニュアンスから汲み取っていただきたいが定義づけはちとむずかしい。
ただ前提として「人前で歌っている頻度が高い」というのはあるようです。
前述の「朝倉榛香」もそのひとり。
「プレアイドル」と呼ばれてる方々全員の名前を知ってらっしゃる方がおられましたら
メールでお知らせください(笑)実は私が知りたい。
近々このテーマでも長いの書きますんで期待しないで待っててください。
■今回は毒ないですね(笑)
毎回いいかげんな感じで書いていきますんで、
まあたまあ(週一回が目標)に更新した時には見に来てやってください
そんな感じで。